Q&A:鞘書きの文化

前回は、偽物の見分け方などの一部として、鑑定についての情報を載せました。

今回は、鑑定書等の中で「鞘書(さやが)き」について紹介します。
文章を初心者に分かり易くするため、Q&A方式とし、文章も短めにしてあります。
上級者の方には、物足りない部分もあると存じますが、ご了承ください。


【2022/11/9更新】

Q.鞘書きとは何ですか?

A.

一般に鞘というと、漆塗りを施したり、鍔(つば)や小柄(こづか)、笄(こうがい)などを装着した「拵(こしらえ)」を思い浮かべる方が多いと思いますが、基本的には拵の中で刀は保管しません。
刀の保管には「白鞘(しらさや)」(休め鞘とも)と呼ばれる白木[一般に朴(ほお)の木が用いられる]で作られた鞘を用います。
鞘書きは、この白鞘に刀の作者や刀の長さ、特徴などを墨書でしたためたものです。

Q.鞘書きにはどんな効果がありますか?

A.

一般に鞘書きの多くは、刀剣を取り扱う専門家や鑑定家の方々が行うため、事実上の鑑定書と同する価値や効果があります。

Q.鑑定書には折紙というものもあると聞きますが、鞘書きとどちらが古いのでしょうか?

A.

折紙の方が古く、豊臣秀吉の時代からあったと言われています。鞘書きが盛んになったのは江戸時代後期~末期からのようです。

Q.江戸時代には、どんな鞘書きがあるのですか?

A.

徳川将軍家並びに各大名家の腰物奉行(刀剣などを保管、管理する役人)や御納戸役(刀剣を含む宝物を保管、管理する役人)が、当時徳川将軍家と大名家間における最も重要な贈答品である刀剣が「誰からもらったか、いつどんな事由で、献上、拝領した品」であるかなどの由緒を白鞘にしたためたものです。
大名家によっては、刀の品質の高いものから順に等級分けして鞘にその旨を記したものもあります。

Q.大名家による等級などの具体例はどんなものがありますか?

A.

一例として、
薩摩藩島津家の場合…御譲一番、同二番、同三番、同四番、同五番など
尾張徳川家の場合…仁・義・礼・智・信など
があります。

Q.それ以降の鞘書きはどうなっていったのですか?

A.

明治時代以降、鑑定家の方々(含、研師、研究家等)が自分の意見を鞘書きにしたためるという形式が多く見られるようになります。
今日まで、
本阿弥長識、本阿弥親善、
本阿弥琳雅、平井千葉、
本阿弥日洲、神津伯、
本間薫山、佐藤寒山、
近藤鶴堂、高瀬羽皐、
本阿弥光遜、本阿弥宗景、
吉川賢太郎、福永酔剣、
村上考介、加島勲、伊東巳代治、
柴田光男、小野光敬、林田蘇堂、
内田疎天、宮形東雲、田野邉探山
ら諸先生方の鞘書きが残されています。

Q.現在でも鞘書きをされている方はいますか?

A.

数名程度、その様式は様々なようです。

Q.一般的にはどのような形式が多いのですか?

A.

作者名と刃長、鑑定した本人名だけのシンプルなものが多くみられます。

Q.他の様式はあるのでしょうか?

A.

作者、長さなどの従来の情報以外に、作刀された時期(作者が移動している場合は地域)、刃文や地鉄などの特徴、体配(刀の姿)の形状、刀剣の保存状態(研ぎ減っている、研ぎ減りが少なく健全であることなど)や、出来(優品や佳品…)などの情報が記されているものがあります。

Q.鞘書きに多くの情報が記されていることの利点は何ですか?

A.

白鞘は塗装などのない無加工の木で作られた無地のものですから、白鞘を見ただけでは中にどのような刀が納められているかわかりません。
白鞘に鞘書きがあることで、納められている刀の作者・年代・特徴・長さ・出来などについての情報を知ることができます。
これは、複数の刀剣を所持している方にとっても便利です。
そのうえ、鞘書きがあることで
1. 鑑定として、刀の信憑性が高まる(本物であること)
2. 一種のアクセサリーの要素・効果がある
3. より細かな情報(刃文・地肌・作風など)がわかること
等、鑑賞する際の参考になるなどの利点があります。

Q.刀剣保存の点において、鞘書きはどのような位置づけになるのでしょうか?

A.

まず、鞘書きは日本文化のなかにあっても独特の発展をしてきたものであり、刀剣文化の重要な地位を占めるものと考えています。
「鞘書きの文化」として広く認知していただきたいものです。

Q.「鞘書きの文化」に関しても展示などは考えていますか?

A.

今後、刀剣本体と共に鞘書きを紹介するコーナーなども企画しています。

[今回のQ&Aコーナーは、田野邉道宏(たのべ みちひろ)[田野邉探山(たのべ たんざん)]先生より寄稿いただきました内容をもとに簡略化、編纂したものです。鞘書きについてご寄稿いただきまた多くのご助言を賜りました田野邉先生へ深く感謝申し上げます。]